最初の朝

死の淵をさまよって生還した人は

一様に

「今生きている」「息が吸える」こと自体が素晴らしい

と感じるとよく聞きます。

きっと・・・

一人じゃない

全てに感謝、感動、輝いている

そう感じられる

それこそお釈迦様がお説きになった
「悟り」というものでしょう。

頭ではなく
命が何かを知っている

命がキラキラしている。
全てが輝いて見える。

そんな人に悪い事する人はいません。

というか命って本来そういうものなのでしょう。
金剛不壊の最高の宝物なのでしょう。

それを自分が持っている。
いや、それが自分そのもの。

それが全ての万物にも備わっている。
いやそれが万物そのものの実相だ。
なんて素晴らしいことなのか。

そう悟ったのだとお釈迦様は思います。

たとえ何の因果か知らないけれど
五体満足で生まれてこれなくても
きっと誰もの
「最初の朝」はキラキラしていた
と思います。

親はその子のいく末を思って
不憫に思うかも知れないけれど

しかし、決して夢にも忘れてはならないことは
誰もが最初の朝は祝福されて生まれてきているということです。
私の、そしてあなたの産声で涙した人が必ずいるということです。

それが生きているうちに
世の中に不平不満、ため息をついているうちに
金剛不壊のお宝の皮表に徐々に埃が溜り
光は消えうせ曇っていくのだと思います。

それが病気か何かで、死の淵から生還出来た時に
そのお宝に積もった埃や垢は一気に洗い流され
本来の輝きを取り戻すのだと思います。

「最初の朝」を人生で再び迎えるだと思います。

そんな「朝」を

毎日、日が昇るたびに迎えたい

それには自分の命を汚すようなことは
自分のお宝を曇らせるようなことは
決して、してはいけないと思っています。

今、世界で戦争をしている方々に伝えたい。

あなたにも、あなたの敵にも
「最初の朝」はあったはず。

国境って生まれてからどのくらいたって
理解しましたか?

命がキラキラしてない人たちが引いた国境で
命がキラキラしていた人達の
命まで穢れていくことが残念でなりません。

佐野有美さんと

そのご家族は

きっと有美さんが生まれた
「最初の朝」の感動を
いつも忘れてはいない

ため息ついた分だけ
その記憶が遠のくことも知っている
強くて素敵な一家でしょうね。

そして、周りのみんなにも
キラキラした「朝」の
お福分けをしている方々です。

https://youtu.be/q6_Zzw3SPS4

きっと「朝」はどこから来るものでもない。

いくら人に分けても減ることのない無限の「朝」を

その源である太陽を

自分の中に昇らせているんでしょうね。












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# by rhinoman | 2016-12-21 14:51 | Comments(0)

春遠からじ

何歳ごろまでだったろう?

春より

秋から冬へと向かう季節の方が好きでした。
理由は自分でも良く解らない。

物寂しいところが?

じゃあ・・・なんで人は時々
ワザワザ物寂しくなりたくなるんだろう?

無理やり理由を探すと
自分の気持ちと
間違う気がするからやめておきます。

今でも寒い季節も好きです。

凛となる、というかシャキンとするというか

いやいや、やっぱり理屈じゃない

空気というか、何というか?

ところが、最近それに加え

春も好きになりました。

本格的に物事が開始する季節です。
若葉芽生える季節です。

母に手を引かれ、桜の舞い散る校門を
初めてくぐった季節
亡き母のことも懐かしみます。

それが今では私が我が子の手を引いて

そんな色々な思いをしてからでしょう、たぶん
それから春が好きになりました。

以前は
春不感症の自分を異常だと思ってました。

若い時は
「春にこそ魅力を感じるべき」と思ってました。

でも今はそうでもないと思っています。

春は大人になってこそ、魅力を感じるもの
秋はよく人生の晩秋に譬えられますが
だからといって人生の晩秋を迎えた人こそ
春夏を愛でる方にいくのではないでしょうか?

春にはこれから始まることへの
沢山の人の「期待」と「思い」が詰まった季節
そして、それがやがて何年か後には沢山の人の
様々な「思い」が詰まった思い出の季節へと・・・

きっと私の母も私に沢山の愛情と期待を込めて
桜の道を歩んだことでしょう。

もちろん、私も人の親になって
母と同じように・・・それが嬉しくもあり
母の希望に応えることが出来たかどうか
それが申し訳なくもあり・・・

大人が様々
春にそう感じることで
春の魅力を
子供にも伝えるから
子供も春に魅力を感じるべきものだと
教えられているのかもしれません。

冬が好きな理由は上手く言えない。
でも春が好きになった理由はいっぱい挙げられる。
だから「春は素晴らしい」と伝えやすい
後継に
そう教え易い理由かもしれません。

春も好きです

夏も好きです

そして秋も冬も・・・

歳を経るごとに

好きなものが
増えることは嬉しいことです。

冬来たりなば春遠からじ

今日が冬至だそうです。




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# by rhinoman | 2016-12-21 03:28 | Comments(0)

縄文文明

縄文文明

聞きなれない言葉ですが

実は

縄文時代はこれといって発展しない
発展が進まない、それが1万年以上も続いた時代

としか捉えられていなかったのですが

実は世界四大文明に匹敵する豊かな文明が
そこにはあり、しかもそれがどの4大文明よりも
平穏に永く続いた文明として「縄文文明」と
呼ぶべきだという論説が世界のあちらこちらで
持ち上がっているらしいのです。

縄文時代は1万年もの間
「発展出来なかった」のではなく
発展する必要もないほど
豊かで平和な生活がそこにはあった
それがしかも驚くことに1万年も続いたということ
に世界の歴史研究者たちは驚いているそうなのです。

考えてみると人類最古のメソポタミア文明が
紀元前9世紀ころから始まって以来
今は西暦2016年

ちょうどそれと同じくらい永い間
縄文時代は続いていたことになります。

文明が始まって以来12000年の間で
人類はどれだけ殺戮と戦争を繰り返してきたことか
特にここ100年の間は2度の世界大戦
様々な地域紛争が絶えたことがありません。

縄文時代の一番注目されているところは
狩猟民族が定住し、豊かなコロニーを形成していたところです。

これは世界の常識を全く覆すものでした。
狩猟民族は普通、獲物を求めてジプシー生活をしているからです。

縄文人が定住を可能にしたのは
栄養価の高い栗やドングリの木を植えて
村の周りに共有の森を作り
獲物が取れない時はそれを分け合って
いたからだというのです。

やがて朝鮮半島から稲作がもたらされ
土地の所有権と収穫された「財」を巡り
人々はお互いの権利の主張をし合い
争い、時には殺し合い
平穏で長く続いた縄文時代は終わを告げたのです。

肉の保存方法が確立されてなかった時代は
自分が獲った肉を独占しても腐らせてしまうだけなので

誰が獲物を獲っても分け合い
森からの恵みも分け合い
そんな時代が1万年以上も続いていました。

来る日も来る日も
行く年もくる年も
何も全く変わらない一万年もの年月。

それを何も進展しない退屈な日々と思うのか
何も変わらぬ安定した平穏な日々と思うのか

「近代文明の急激な技術発展は
戦争兵器の発達と共に発展した」
と言われることもあります。

私はそこまで否定的には思いませんが

でも少々人類は

生き急ぎ

逝き急ぎしている気はします。

どこかの唄ではありませんが

何でもないようなことが幸せだと思える

それこそが何かを悟っている
生き方のような気がします。

それを土台として
その精神を手に入れてから

ゆっくりと

ゆったりと

人類は発展していくべきなような気がします。











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# by rhinoman | 2016-12-21 01:53 | Comments(0)